「ギターと私」
  松田晃演の
    エッセイ集

 
       

音の神秘
   クラシックギターを科学する

 

2018年

(222回)テデスコやポンセはもっと評価されていいNO.2 (2018/10/20)

 テデスコやポンセを楽しめる様に調理しテーブルに提供する事は殆んどのギタリストにとっては難事業です。ポンセの生地、メキシコではポンセは少しも評価されないのはその為です。テデスコやポンセの音楽をこれが素敵なテデスコやポンセですよといって普通の能力の演奏家によって提供、演奏されても、音楽が好きで音楽がなんたるかをよく知っている人、また一般大衆にとっては、その演奏が不適切な演奏解釈によるものであればある程好まれない。いわば正しく調理されたポンセを一度も食べさせて貰った事がないのでテデスコやポンセはつまらないと思われて終う。感動して食べさせる事が出来るシェフは中々見付からない。
 わたしはと言えば、第二次大戦前に録音された(であろう)Andre´s Segovia演奏のSPレコードを第二次大戦後の焼け野原に、荒廃した人々の心を慰めるべく西洋の音楽が次々と輸入された。私の手に入れる事が出来た音楽(SPレコードの録音物)の中にAndre´s Segoviaの演奏するマリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコのヴィヴォエネルジコ、その裏面がメンデルスゾーンのカンツオネッタ、その次にポンセの小ワルツ、とマズルカ。これらは今私が言って居る名人のシェフ=Andre´s Segoviaの演奏による物であった。私はこれらのSPレコードを手に入れて聴き、大いに感動した。ギターでこういう音楽を弾けるなら、自分の一生をギターに捧げよう、と。私の言葉で言えば、profoundly(心底から)moved (感動) した。
 後で判るのですがそれはつまり、音楽は奏者の意思が最も大切で、それこそは奏者のレゾンデトール(存在の意味)である。ギター音楽は演奏されて初めて息を吹く。実物となる。(10/02)

 

(221回)テデスコやポンセはもっと評価されていい作曲家 (2018/10/13)


 乾先生の天国と地獄拙著出版についてのご投稿に刺激されました。(投稿欄参照)
 もっと高く評価されない理由を考え少し判りました。
 演奏が難しいからです。楽譜と考えて評価せずに、演奏=演奏解釈と考えて評価すれば自ずとハッキリします。優れた演奏、演奏解釈でポンセやテデスコを耳に届けて頂くと理解し感激するのは簡単な事です。料理に例えれば、レシピは完璧なのですが、食べてもまずいとしたら、そのレシピは流行らない。レシピは完璧、だがその料理のプレートに載せられた完璧な料理を提供された事がないとすれば。完璧な料理の為にはレシピ(=テデスコ・ポンセの音楽の楽譜)から完璧な料理を頭に描いて調理する事が出来る名人のシェフの存在が必須である。
 少なくとも好い演奏を探してお聴きになる事をお勧めします。良い演奏であればテデスコやポンセは必ずお好きになられると思います。

(220回)トレーナー (2018/10/12)

 音楽演奏にはトレーナ、多くの指達それぞれに付けるべきトレーナーがそれぞれにあるべきが本当の姿です。
 ギターがオーケストラであるとすれば、各楽器の名手、あるいは名教師が育てた楽団員が不可欠である、と言う事に準ずる。
 それは考えるだけでも複雑で不可能に見える事である。
 と言う事に準ずるとはそう言う意味で、一人の奏者が多くの指達=多くの人=奏者達を所有している事に変わりなく、クラシックギタリストがそう言う作業をしなければならないと言う事は、宿命であり、しなかったらその奏者は、クラシックギタリストでは居られないとしたら????

(219回)知的好奇心(2018/9/30)

 なんであんなんで、なんでこんなん。
 ギター演奏で上手(うわて)の演奏を聴いて自分の演奏について関西弁ではこう感じる。
 そこで出来るだけ多くの知識を得るべく探索が始まる。これをして知的好奇心と言う。
 なんであんなんで、なんでこんなん、と感じない時には進歩は無い。

(218回)私がギターを習ったお寺 (2018/9/16)

 私がギターを習ったお寺は姫路の正覚寺です。(そこでギターを習ったのは、私ただ一人です)
 昨夕、姫路のイタリアン、ラティーニに行きましたところ、先客の方が先日の同窓会での私の演奏を聴かれた方で、面白い事をわたしに話して下さった。
 私がギターを習ったお寺、正覚寺は、元は今お城の建っている姫路の中央の丘、姫山の上に建っていたが、私が習った頃にあった所(河間町ーコバサマチョウ)=私の生家の隣が小学校で、その2、3軒置いて隣が正覚寺=に秀吉によって立ち退かされ、移転させられたのだとの事。
 
私は生まれて初めてその事を知った。
 その所為か、住職さんが頻りに、ギターで有名な武井守成さんは姫路城の家老で、ドイツのボンからプレクトラム楽器の図書館を丸ごと買われたのだとの話、等々。
 私のギターの先生藤井紫朗さんのお寺、正覚寺と姫路城、姫路城の家老の武井守成さん、それらが何らかの係わりがあるらしい事が判り嬉しく思いました。

(217回)プロ(2018/8/28)

 凄いギター演奏を耳にする。初めての経験。これなら自分にも出来る、出来そうだ、やって見たい・・・・となる。
 ギター音楽に興味を持った時、何を目標にするか?
 ギター音楽の藪の中に踏み込む。上達のために暗中模索が始まる。
 何人かの先輩そして先生に出会う。
 先輩そして先生はギター音楽に関して色々と知識を伝えて下さる。
 私のギター遍歴はいつの間にか深い藪の中に入り込み、努力と偶然、幸運と不運に巡り会い、ある一つの形を形成し始めた。そのある時、可成りギターと音楽についての専門家であると私には見えた方が「ギターが上手くなりたいならプロに成るしかない」と言われた。私はまだ大卒直後であった。それは一般論として言われたのだと私には聞こえた。若く単純な私には誰でもギターが好きなら、音楽が好きならプロに成らないと上手くならないと聞こえた。その考え方は多くのギタープロを世に生み出し、送り出しているのかも知れない。
 彼ら(多くのギタープロ達)の特質、特徴は、正しくは、自分が上手くならなければとの一点に集約されている。
 芸術に目覚める時が来る。上手くなる、「上手い」の定義は如何?音が正しい位置で出せるか?それらの音は強弱、緩急が付けられているか?自己の演奏はギター音楽として魅力を持っているか?聴衆の心を強く動かせるか?等々永遠の課題を克服して行かねば成らない。
 それはプロでもアマでもない世界に足を踏み入れる事であった。
 この初心者からプロ、そしてプロでもアマでもない世界にギター音楽愛好家は、ゴマンといる。いらっしゃる。その何処に自分はいるか、自覚を持って進んで行かれたい。分かり易く言えば、芸術家と、単なるプロとの中間である。真の芸術家をリスペクト出来るようになれば一人前ではないかと私は考える。芸術家をチョロい言葉で侮蔑している間はその人は一人前ではなく数としては浜の真砂の様に存在する単なるプロの一人です。そして「真の芸術家」は滅多にいない。そこら辺りには見当たらない。
 プロは芸術家(滅多にいないが)の演奏を聴いて、どこかでミスをしないか探す。芸術としてまたプロとしての欠陥はないか探す。何らかの不備が見付かると鬼の首でも取ったように喜ぶ。芸術的発想に出会ってもそんなに感心しないし、心に記憶し(焼き付け)て家路に就かない。     2018年7月11日 作成

(216回)方正化補足 (2018/7/21)

 わたしは昔昔、ギターで音楽を綺麗に弾こうと考え始めた頃の事、風呂に入ってか、トイレか、布団に潜ってか、ある曲目の一節を頭に浮かべて、空中で仮想のギター演奏をやっていた所、もの凄く、恐ろしい程素晴らしい音楽を耳に思い付いた。直にであったか、翌日であったか、後々かは覚えていないが、その思い付いた部分をギターで弾いてみた。私のギターからでてくる音楽は頭に描いたあの美しい音楽とは似ても似つかない、いわばあの世の物ならぬ、この世の物であった。この世の物ならぬ、あの世の物は何故出来ないのか、全く見当もつかなかった。あまりにも違うと、気も狂わないし、頭は働かない!
 絶望。
 でもわたしは若かった。何らかの希望を、胸の何処かに仕舞い込んでその後何10年か、音階練習に、アルペッジョ練習にと取り組んだ(取り組んで来たらしい)。何も考えないでギターだけを信じて毎日ひにちギターを弾いていた。
 馬鹿。
 馬鹿でないとあれだけの努力はしないだろうと思う。

 ご参考迄に!
 名指揮者は、名手の集まるオーケストラでないと名演奏は出来ない。でも楽団の全員が、頭にあの世の音楽を頭に描けているかどうかは別の話。
 馬鹿は天才。天才は馬鹿。

方正化とは
 この世の物ならぬ、あの世の物を頭に描く事、それが出発点です。描く事が出来ると、それを詩人の心で、心に保ち続ける事。日々の稽古で、日常の自分に慣れ切ってしまわない。何時かは出来ると信じる事。
 この世の物ならぬあの世の物を、音楽として実現させるには、超絶技巧が要ると言う事でもある・・・という事を知るべし。
 余談ではあるが、わたしの想像する所、楽器製作に於いてもその事は言える。この世の物ならぬ、あの世の音が頭の中に鳴っていると、何時かは頭に描いている音楽があなたの製作した楽器から出る。製作家はその楽器を試奏する事が出来る為の努力、つまり音は如何にして出すか、出せる様になるかの努力、は惜しまないで欲しい。あるいは名手に試奏してもらう事が重要であるがそれは中々難しい事である。不可能かもしれない。
 ドイツのハウザー氏のお宅を訪れたとき、彼らの家宝とも言えるハウザー家先祖代々の作品を、次々と持ち出して来られた。私は嬉しくて、それらを全て弾き続けた。私の前には、彼ら家族の全員がずらっと並んで私の演奏を全員一心に聞き入って居られた。

(215回)ヴァイオリンとギター(ギター音楽関係者各位に) (218/5/16)

 最近(2014年頃)ヴァイオリンの愛好者の方々と話し合う機会が多くなっている。かれらは特にヴァイオリン(無伴奏)を通してバッハを愛好しておられる。それはつまり私がYou-Tubeにギターのソロでバッハを公開しているからかも知れないが、私はヴァイオリン愛好家の方とお近づきになる機会を得るチャンスが多い。ヴァイオリンによるバッハの演奏とギターによるバッハの演奏に大きな違いがあり、私のギターによるバッハ演奏解釈はヴァイオリンによってバッハを愛好しておられる方達の興味を強く惹き付け、刺激を与えているのかも知れないと思っている。
 彼らのおかげで再認識をしたのだがヴァイオリンには、実に多くのバッハの演奏家(非常に優れた音楽演奏家)がいる。バッハだけではなくクラシック音楽の世界ではギターには貧弱な演奏家しかいない事を思い知らされる。これでは他のクラシック楽器の人たちにギター音楽のジャンルの人々は軽く(下に)見られても仕方がない。先日ある方がヴァイオリン奏者のLP所蔵リストを送って下さったが、実に多くの著名な名手達がずらりと並んでいる。ギターで傑出していると胸を張って宣言出来るアールヒーフとして誇れるのはアンドレス・セゴビアのみであるのは本当に寂しい限りである。たしかに偉大なアンドレス・セゴビアは他の楽器では表現出来ない美しいバッハをギターで表現しておられる。他の楽器の追随を許さないとも公言出来るくらいである。
 ギターの演奏家に見いだせるアルヒーフは貧弱な才能と知性しか関わっていないということは本当に悲しい事です。後世に誇り得る演奏芸術のアーカイヴ(重要記録を保存・活用し、未来に伝達することをいう。)として特筆出来る奏者は今のところヴァイオリンのように数多くはない。どうしよう?????
 考えられる要因は幾つかある。
 1)ギターによってクラシック音楽が真の意味で演奏されるようになってまだ日が浅い。せいぜい永く見積もって7、80年くらいかもしれない。偉大なアンドレス・セゴビアがその可能性を示した最初の演奏家であるし、そのAndre´s Segoviaに追いついたり追い越したりする演奏家はまだ出ていないのではないか。Andre´s Segoviaが最初で最後だなんて事にならないために我々後継者は何をすれば好いのか。そのため・・
 2)・・真に芸術をする事が出来る楽器が無かったし、作られなかったし、製作家に演奏家の要望が伝えられず、音楽演奏の明確な要請、つまり需要が低級であった(ポピュラー指向の需要)。一級の音楽演奏芸術家が楽器製作家に正確に要望しないと一級の音楽を芸術的に演奏された時にその要求に応える楽器は出現しない。そのためかギターの名器の製作家Antonio de Torresはストラデヴァリウスより何世紀か遅れて出現した。ギターの音楽的価値と評価がそれだけ遅れていてそれを取り返さなければというアンドレス・セゴビアの意図がまだ実現されていない。そしてトーレスを超えるギターの製作家はまだ出ていない。需要が低級であった理由の一例はギター作家は学生ギタークラブに所属する人達にギターの良否の判断をさせていた。彼らは暇つぶしに音楽をしていたし一般的に言って彼らは音楽家としてはまったくのアマチュアであります。彼らがギター製作家の楽器販売先の優先人員であったから。芸術家である演奏家に楽器の判断をさせていなかった。ギター音楽の芸術家が滅多に見付からなかったし確かに居なかった。
 3)1つにはセゴビアさんが偉過ぎてあの人は別だという風潮が(=the MAN=という敬称をロンドンのギター仲間では奉っていた。the OLD MAN=名人=とは親しみを込めた愛称とも言えるかも。)でもおじさんとまでは言わなくてもおじいさん的な言い方で、却って低く呼ぼうとしていたのではなかろうかと、わたしはその頃ヨーロッパ(特にイギリス)人のセゴビア先生の呼び方に反発を感じていた。ギター仲間ではthe OLD MAN とはつまりセゴビアさんの事。やはり名人という意味に取らなければ。
 4)セゴビアは別だというギター弾き達の風潮は決して歓迎出来ない。セゴビアのようにならなければという使命感を完全に捨ててしまっている(様に見える)。それよりも大切な事はギターでしか出来ないクラシック音楽の表現に挑む若い力が不足しているのではないか。若い力、若者のパワーを信じて育てる、若者に信じられて信頼と尊敬を得、尊重されて教える教育者が見当たらない。ヨーロッパまではるばると日本から出かけて行った事によって本当の芸術的音楽の演奏なり演奏解釈を学んで来た人はまだいないようにみえる。その証拠に、ヨーロッパにもセゴビアを超えるまたは比肩できるギタリストが居るとは聞いた事がない。
 5)勇気を持ってセゴビアを超えようとしてもその努力の先には絶望しか待っていないのか?ギターは全く学術的に分析し解剖し理解して行く筋道はないのか?そのためか日本では学術の府にクラシックギターの超人的な指導者は採用されていなくてギター音楽の社会的地位の低さも影響していたかも知れない。セゴビアは「盲人象を撫ぜる」類いの偉大すぎる天才なのか?ギターはある意味で分析を拒絶している。腕、指、爪と脳から伝わる伝達が百人百色なのは確かです。特に爪の状態、形態は毎日変わる。それらは同一人でも日ごとに変わるし人が変わればまた異なる。気候によっても変わる。
 6)ギターまたは音楽においては、音が人によってどう聞こえているのかもあまりはっきりと想像出来(伝わって来)ない。図面なら分かるのだが三角に聞こえているのか四角形にか丸か楕円か?そしてそれらは直線的か、または平面に存在すると思っているのか、立体的に聞こえているのか、聞こうとしているのかさえわからない。またどれくらい小さな音まで音楽として聞く能力または聞かせようとする能力があるのか?音に色はあるのか、感じているのか?ギターはintimate な楽器である。セゴビアさんは「プラテロと私」を内容的に説明するのにロバは詩人のintimate confidantであったと紹介しておられた。こういう話になって行くと実はセゴビア先生のギター音楽は次元が違うのです。何次元か、とにかく別次元の音楽にあなた方は挑まなければならない。だからセゴビアは別だと言うのは全く正しい見方でした。次元が違うと言えばそれは別のプラネット、地球で言えば別の島、陸地で言えば大きな裂け目それとも高い塀のある向こう側の超えるに超えられないあちらの世界???

2014年6月18日作成

(214回)テデスコと小鳥 (2018/5/8)

 昨日面白い事がありました。
 ひさ方ぶりにテデスコ作曲の「プラテロと私」より「春」を熱心に弾いていました。ふと中庭に目をやると、山鳩がぐっと首を延ばして、窓の外からギターを弾いている私を、体をひねって覗いていました。
 ご存知でしょうか?ヒメネスの詩によるテデスコのギター曲「春」は小鳥達がたくさん庭に来て大騒ぎでピイピイと啼いて、ヒメネスに子供達が騒いでいると思わせ、目を覚まさせたというお話です。
 山鳩が飛んで来て「この家の中で小鳥たちが大騒ぎをしているらしい、何事だろう」と窓からのぞいていたのだとしたら、私に取っては非常に嬉しい事でした。
 私の録音したテデスコの「プラテロと私」よりの「雀」(Sound of the Guitar 4に収録)はこの「春」に類してスズメ達の楽しそうな動きが的確に表現され、描かれています。(註)「春」は日本コロムビアより木村功さんの朗読とともに発売しています。
 セゴビア先生はアンコールでよくこの「春」を弾かれました。テクニック的に難しい曲です。この曲に類する難曲でアンコールでよく弾かれていたのはVilla-Lobosの「エテュードNo.1」、テデスコの「タランテラ」等があります。これらの曲目が何時でも普通に弾けるのはさすがセゴビア先生。
註:ずっと以前に書いていてお蔵入りをしているエッセイが100か200題程あります。それらの中の一つ(2017/10/4作)が今日目に付いたので取り出してみました。

(213回)細い線を描く(2018/3/18)

 ギリシャの昔ある著名な画家Aをある画家Bが尋ねたが不在であった。そこでBはアトリエにあった画布に1本の細い線を描いて帰った。Aが帰宅してそれを見て、その線の下になお一層細い線を描いた。翌日画家Bが再びAを尋ねたがAはまた不在であった。Bは改めてその線の下にもっと細い線を描いてAのアトリエを後にした。Aは後でその線を見て、chapeaux(だつぼう)・・・・

 

(212回)一つの疑問 (2018/2/27)

 ピアノの初心者の為の入門書の、名手によるヴィルトゥオーゾ的な録音盤が模範演奏としてあるでしょうか?いわゆる名手によるバイエルその他の入門曲集の奔放な演奏例です。あるのならば是非共聴いてみたい。
 私は和声学を学ぶ為にピアノをすこし習った事があるが、その様な演奏例を当時に聴く事が出来たとすれば、ピアノがもっと楽しく学べたのではなかったかと思います。

 

(211回)セゴビア先生の楽譜 (2018/2/26)

 アンドレス・セゴビアの残されたレパートリー、多くの録画、録音されている音楽が殆ど弾かれなくなっている事の真の理由は、楽譜が正しく発表、発売されていないからではないでしょうか。
 もしそうなら、わたしども弟子達にも責任がありそれは重大な事です。セゴビア先生の演奏からほど遠い運指付きの楽譜までもが、堂々と売られている世の中です。
 わたしがギターを学び始めた頃、そしてヨーロッパに渡った時、ギター関係の信頼出来る楽譜は(特に日本には)殆どなかった。レコード(SP)で聞くギター音楽の楽譜は殆ど日本には存在しなかった。楽譜さえ在ればこの美しい曲は弾ける、と愚かにも我々日本のギター関係者、ギター・ラヴァーはそう思っていた。何でも好いから楽譜を持っている方を先生と認めて入門したものです。
 最近気が付いたのですが、セゴビアレパートリーなる楽譜が市販されています。わたしが若い頃ショットのセゴビア版を入手して、それこそは絶対の楽譜であると信じて勉強したものです。ヨーロッパに留学して、アリリオ・ディアス、アンドレス・セゴビア、ジョン・ウィリアムスの方々のレッスンを受けるに及んで、楽譜は単なる手掛かりであり、常に流動的な物なのだと徐々に、ゆっくりと徐々に徐々に判って来た。それらの楽譜、信頼出来る楽譜は今でも存在しない事をわたしは迂闊にも気にして居ませんでした。
 実を言いますと、フッとセゴビア・レパートリーなる楽譜を目にした事が何度か在ります。セゴビアというものはわたしに取りましては「聖域」なので詳しく、念入りにしかも批判的にそれらの楽譜を「検証」しようとは思いませんでした。
 昔、ヨーロッパでセゴビア先生が手を入れられた楽譜を生徒仲間から借りる事が出来たとき、あんなに嬉しかった事は無かった。コピーとか出版とかデーター化等と言った、簡単に人のものが、人の内部(自分以外の尊厳なる他人の内部)が自分の物に出来る時代ではなく、借りた楽譜は大急ぎで、五線紙に書き写すのです。そこで同じ楽譜でもこんなに違うのだ、多分そうだろうとは思っていましたが、実際手にしてみると、その楽譜の有り難たさはこの上もなかった。宝物を手にしたようであった。

(210回)落語の持ちネタ-2018年の提言! (2018/2/23)

 私のファヴォリットな落語家は枝雀でした。かれは持ちネタを60にしていて、それらがお終いまで来ると初めにかえり、エンドレスに繰り返してまわしていたとか。
 ギター音楽演奏では持ちネタとは言わず、レパートリーであるが、セゴビア先生は持ちネタは無限だと言う風に感じられた。(エッセイ集の第28回 参照)これらの曲目は先生が日本に来られる時に、(日本公演の為に)プログラム作成用に用意されていた曲目で、約60曲が用意されていて、それらの中から10〜20数曲を選べば一つのプログラムが出来あがるので、先生がツアー(約1ヶ月間)に出られるときはその60の中から5つか6つのプログラムを選んで組み合わせ主催者に提供して弾かれる事にされていたようだ。
 私は初めヨーロッパにセゴビア先生のレッスンを受けるため約100曲位はなんとか弾ける曲目を準備して行かねばと頑張った。
 人によって違うと思うが私は時に、2、30曲を磨きに磨いてレパートリーとして持っているべきだ、又それとは反対に何時迄も、幾つになっても新しくレパートリーを増やして行かなければとの気持ちで焦りに焦っていた時期もある。ある時には1曲だけでもいいからセゴビア先生のように弾ければもうそれで良い、満足だと思っていた時期もある。
 持ちネタを限定して磨きに磨く事は全く正しい進歩の方式であると今では思える。芸術に関しては全くそうあるべきで、枝雀さんは芸術家だったのだ。そう言ったギタリストが居ても構わない、同じ曲目ばかり演奏している、そして聴き手もそれらの聞き慣れた音楽を何度聴かされても深く楽しめると言う世界である。正しく言えば、数回ごとにプログラムが元に戻ってそれが繰り返される。
 磨きに磨かれた音楽らしい音楽がギター音楽の演奏会場に響き渡る様になれば、ギター音楽の発展の為に輝かしい未来が待っているのかも知れない。レパートリーを増やして行かなければとの考えは正しいのかどうか、考え直してみるべきだ。
 2018年の提言!としておきましょう。

 

2017年

コンサート評―もしくは報告 (2017/11/27)

2017年10月28日姫路市で私の小さなコンサート(非公開)が近郊のお寺でありました。
それについての「評―もしくは報告」を投稿頂きましたので投稿欄に掲載しています。

1年半振りに投稿を頂きました。投稿欄を見たい方はここをクリックして下さい。!

2016年

 

(176回) 日記-6 (2016/8/24)

 ゴッホが生まれた年に日本に来たのがペリーでした。今日知りました。


日記 1 =2016年5月22

 

2015年

この様な文章を綴って皆様の前に公開する事は演奏家に取っては誠に勇気の要る仕事です。
何故ならそれらの言葉を演奏で実証しなければ成らないからです。
クラシックギター発展の役に立つかもしれないと勇気を振り絞って発表して参ります。
スペインの諺に「よく喋るオウムはとばない」とあります。その例外にならなければ!

掲載までもう数日お待下さい。(7月21日)
投稿欄の「振り子」(2015/8/3)投稿者・乾雅祝さんも見る価値があると思います。(8/5)

 

 

投稿欄には久々に投稿がありましたので、上梓しました。投稿欄もお読み下さい。
なお諸兄も奮ってご投稿下さいます様お待ち致します。(2014/11/12)


9)   真似

  真似をする事は非常に難しい。真似をする相手を完全に理解し、殆ど自分のものに出来てしまっていないと滑稽になってしまう。

(第119回)  短文集(2)(2014/9/21)

クラシックギターの敵

 クラシックギターを本当に愛する人たちには共通する大きな敵がある。それは一般大衆である。クラシックギターを本当に愛する人たちの集団は作れないが、クラシックギターを本当に愛する為の大きな波を起こさないと不可ないとはわたしは考える。

善人は孤独

 この間クリント・イーストウッド主演の「シークレットサービス」という映画を見ていたら「我々善人は孤独に生きて行くしかない。」と言う言葉がありました。

 

トーレス(フェニックス)

 アメリカのウエッブ上の雑誌にわたしの事が載っています。トーレス及び私に関する記事です。「ギターと私」欄(このペ−ジ)、第114回にその日本語訳を出しています。
 元のウエッブ雑誌(英語版)へはここにアクセスして下さい。
http://bencisco.com/wp/blog/2014/07/14/akinobu-matsuda/
 アメリカ人のTWITTER、この人はわたしをギターにおける歴史的に重要な人物として、クラシックギタリストで唯一のセゴビアの後継者のように書かれています。

生涯で2度認められて

 1)偉大なアンドレス・セゴビアは私の演奏を聴き才能を認められて日本からヨーロッパに招待された時。(日本ではヨーロッパに行って勉強すべきはこの人だとは誰も言っても、思ってもいなかった。)
 2)先日アメリカのtwitter誌で全てのジャンルのギターの代表はクラシックギターであり、そのクラシックギター演奏の第一人者は全世界において松田晃演であると断定された事。(世界の音楽界の中で誰も松田晃演はギターの全てのジャンルの演奏家の代表だと思っていない今。)註=上のトーレス参照
 松田註=私が感激しても当然でしょう。1)では私の知る限りの人は誰も私の事を日本では音楽の最高のタレント(才能)を持っているギタリストだとは思っていなかった。2)も私が世界のギター史において評価すべき第一人者だとは私も含めて世界中で誰も思っていない。

クラシックギターとそうでないギター

 投稿(2013/10/26)=松田晃演=投稿欄のこの文はぜひもう一度お読み頂きたい。

 

 


(第114回) Ben Cisco's World of Music (2014/8/10)

Rock | Blues | Jazz | R&B | World Music | Indie
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このアーティクル(by Mr.Ben Cisco )は私の事を全然知らない人で、先日私あてに送って来られたものです。最後の段落に私との関連が取り上げられています。私の拙訳を掲載しておきます。

マツダ アキノブ
 日本のクラシックギタリストマツダ アキノブはアンドレス・セゴビア、フェルナンド・ソル、フランシスコ・タルレガの伝統を弛まず受け継ぎ続けている。
 多くの読者はもう既に気付いているでしょうがクラシック音楽は多くの他の、ジャンル、ロックやジャズも含めて影響を与えて来た。事実、クラシック音楽の影響はNeoclassical Metal(ヘヴィーメタルのジャンルの一つ)として知られているロックの分野に増え広がっている。イングヴェイ・マルムスティーン(Alcatrazz), リッチー・ブラックモア (Deep Purple, Rainbow), ユリ・ジョン・ロート(Scorpions) andランディ・ローズ(Black Sabbath)達はこのスタイルを世に広げた最初のギタリスト仲間である。
 それで、マツダ アキノブは注意を払って眼を留めそして耳を傾けるのにふさわしい日本の最高のギタリストであると思われる。
 松田は1933年日本の姫路市に生まれ14才でギターを弾き始めた。初めは近所に住んでいた坊さんにレッスンを受けるよう推薦された。たまたまお坊さんはクラシック音楽が好みで彼の弟子の興味を優れたクラシックギターの名手へと導いた。
 1959年松田はAndre´s Segoviaに出会った。Andre´s Segoviaはマツダ アキノブの演奏に非常に強い印象を受けたのでスペインに来て自分のところで勉強するようにと招待した。松田は翌1960年にヨーロッパに向かった。そこでは2年間セゴビアと他のクラシックの優れた奏者ジョン・ウィリアムスの元に学んだ。
 松田は音楽歴の過程において沢山の賞を授与されていて世界各地で演奏をして来た。彼は数枚のアルバムを録音し、ギターのテクニックに付いての教本も出版している。彼はギタリストとしての思いを2001年に出版したエッセイ集「ギターは小さな星のオーケストラ」に書き留めている。残念ながらそのエッセイは日本語でしか入手出来ないが、マツダ は何時か将来には英訳が企画されるでしょうと言っている。
 松田さんの愛器は1892作のトーレスです。Antonio de Torres Juradoは19世紀の最も重要なスパニシュギター製作家としてひろく認められている。Acoustic Guitarmagazineの2003年秋号の記事の著者Kenny Hillは次のように言っている。 
 19世紀の半ばAntonio de Torresはギターを再定義し考え直した。彼はあの時代の決定的な先駆者であり改革者でそれ以来のギターメイカーのギターを世界レベルにおけるステージ用またはコンサートホールのコンサート用楽器に成長して行くべき新しい進路を示す事にもなった。
 トーレスは1892年に亡くなっているので Matsudaの所有するトーレス製のギターは、このスペインの弦楽器職人の最後の作品の一つなのです。まことに貴重な秘蔵の財宝をお持ちです。そして松田さんの演奏は、この貴重な楽器の歴史と出来栄えを、充分に発揮させてくれ、しかも、松田さんの師であり指導者であったアンドレス セゴビアの偉大さを忠実に伝えてくれるのです。
 In the middle of the 19th century Antonio de Torres redefined the guitar. He was the deciding innovator of his time,bringing various elements of guitar making together in a new design that has shaped the work of every guitar makersince, and even shaped the growth of the guitar as a concert instrument on stages and in concert halls world-wide.
 De Torres passed away in 1892 so the guitar that Matsuda owns is one of the last made by the Spanish luthier. It is,indeed, his most prized possession and his playing does justice to the history and stature of this guitar and to his teacherand mentor, Andre´s Segovia.
松田晃演註=
私が知らない世界のどこかで私のギター演奏に歴史的な価値があると評価して頂いた事は私にとりましては非常に名誉な事だと思いました。最終のフレーズではギター音楽における歴史的重要人物と言うような意味での表現は私の全く考えても居ない事でした。一応その部分には原文を添付しておきました。
このウエッブ雑誌へは http://bencisco.com/wp/blog/2014/07/14/akinobu-matsuda/ ここにアクセスして下さ。私の写真、You-Tubeなど見て頂けます。

(第113回) 梶井克純先生 (2014/7/31)

 京都大学、大学院の先生が姫路の拙宅に来て下さいました。梶井純(よしずみ)先生です。
 バッハの無伴奏ヴァイオリンの歴史的名演の(多分)世界最古の録音盤を私共が所蔵していまして、それを聴くために来られました。それはいわゆる手回しの蓄音器での試聴でしたが、先生はそれはそれは熱心にお聴きになられました。
その後、数週間の後に先生は真空管のプリメインアンプをご持参下さいました。素晴らしい作品です。
 梶井先生へのアクセス
http://ultra-pure-sounds.jp/about.html

 先生の含蓄の深い真空管のアンプの事等の記事が書かれています。興味のある方はアクセスしてご覧下さい。
 今回お持ち頂いたアンプによって私共の今まで知らなかった再生音が私共の音楽室で鳴り始めました。セゴビア先生は録音は自分の演奏の陰だと云われましたが、この様なアンプによれば音楽はCDもLPも生に近い音がして居ます。目を開かせて頂きました。

 

第二次・エッセイ集

東京のミニコンサートに寄せられた感想及び評論2点no.3(2010/7/28掲載)

松田晃演ギターミニコンサート

「爽やかな風のコンサート、アットホームな雰囲気でトーレスの響きに浸る愉悦のひととき」

 

2010.6.12

三鷹沙羅舎B1「舞遊空間」

 

オーディオ評論家・林 正儀

 

三鷹駅から玉川上水に沿った「風の散歩道」の途中に、今日の会場はあった。沙羅舎「舞遊空間」だ。ミニコンサートと自然食を味わう会をカップリングしたお洒落な嗜好である。20〜30席ほどの小さなホールで響きがやや少なめだ。ステージとの距離も近いアットホームな雰囲気の中、愛器トーレスを抱いた松田晃演さんが登場。 いつもの白いスーツ、そしてリラックスした表情だ。プログラムは7曲で、確かにセミコンサート的なボリュームだが、まるで弾き語りのように軽妙なトークを交えながらのギター演奏に心が和む。

「慣れない場所は、弦が指にからまって外れなかったり演奏家にとっては大変なんです。また温度や湿度が変わると、音程が狂います。それほどギターはデリケーな楽器なんです。今日はよい部分が少しでもあれば楽しんで頂きたいと思います」。

静かに流れてきたのはバッハの「前奏曲とクーラント」。繊細で柔らかな響きだ。一音一音を慈しむように奏でる。余韻が空間に舞う。まるで小宇宙。爽やかな風がふくようなコンサートの始まりである。こうなれば松田さんのペースというもの。

ソルはお馴染みのメヌエット作品、そしてモーツアルトの主題と変奏が聞き手をとらえる。何と軽やかで楽しく響く旋律だろう。親しみやすさのなかに、さまざまに変容する音の色合いが生き生き描き出されている。

小休止をはさんでのタルレガとヴィラ・ロボス、ポンセ……の演目では弁舌が冴え、楽しそうに曲や楽器のエピソードを語ってくれた松田さん。「アントニオ・デ・トーレスはタルレガが使っていた楽器を作った人で、タルレガの発想はこのトーレスで生まれたものだと思います。このギターを持つと何となくタルレガの曲を弾きたくなるのですね」。うなずく私たち……。前奏曲5番とパバーナは、美しい音階が散りばめられた南欧風の明るさと力強いリズム。たくましさと軽やかさが印象深い。 ヴィラ・ロボスのプレリュード1番は、私のお気に入りの一曲だ。何度聴いても、深く沈む哀愁を帯びたメロディには泣ける。同じパターンのリズム音形は手叩きの太鼓を模したそうだが、強弱の起伏が激しく展開も大層ドラマチックで、このブラジル人作曲家の情熱と活力を松田ギターは余すところなく伝えて見事だ。たっぷりとためをつくり音楽に生気を与え、まさに音楽と一体になっているのだ。ポルタメントや重奏が多く、テクニック的にも難易度が高い。ギター一本でこんなことができるんだと感心しきりである。

続いてポンセの曲だ。「南のソナチネと訳していますけども、Meridionalというのは南イタリアということでして、“南仏”ならいいやすいのですが”南伊”って発音しずらい。難易度の高い曲なんです!」。一同爆笑である。

松田さんの師であるアンドレス・セゴビアの演奏技法を考慮して作曲されたといわれるものだが、濃密にして美しくコクのある響き。陰影をたたえときには激しく情熱的に荒れ狂う。リズムのキレと厚み、音色のゆらぎも絶妙といえるものだ。

「レオネーサ」はスペイン民謡の短い曲だ。松田さんがトーレスと出会うきっかけになったともいえる曲である。タレルガ直系の弟子、ミゲール・リョベートの演奏したレコードを昔聴いて、「この曲をいい楽器で弾きたい!」と思ったそうだ。願いは叶った。そんなエピソードを交えながらのトーレスの音色には、南風に誘われてうきうきするようなやさしさ、軽やかさがある。

最後はアルベニスの「セヴィーリャ(?)」だ。「グラナダ」と並び松田さんが得意とするプログラである。スペインに旅をされた風景を目に浮かべながらの演奏であろう。明るく陽気なギターサウンド。「生命を肯定する激しく踊り狂う町」と松田さんがいわれるように、輝くようなリズム、装飾音が散りばめられており、セビーリャの美しい町並みが目に浮かぶようだ。(演奏者、松田晃演の註=これは全くのわたくしのアナウンス・ミスでありまして、Granadosのスペイン舞曲第10番をアルベニスのセヴィーリャと言い間違えました。ただこのGranadosの曲はアルベニスのグラナダよりも、もっとグラナダ的ではあります)

アンコールの「鳥の歌」まであっという間の1時間だが、松田さんの飾らない人柄とトーク。そして何よりも誠心誠意トーレスの魅力を伝えようとする演奏家の心にうたれたコンサートであった。静かに拍手したい。

 

 

旅先の鹿児島で大橋先生の沙羅舎に於けるサロンコンサートに付いての評論を受け取りましたのでこのエッセイ集に掲載させて頂きました。

大橋伸太郎

かつて、クラシックギター演奏歴の長い知人に松田晃演氏のコンサートを聴いた印象を話した所、「え、松田晃演!?、死ぬまでに一度聴きたい人だ」という答が返ってきた、そういう演奏家が世界に何人いるだろうか。クラシックギターに限らず技術的に優れた演奏家はいくらでもいるが、人をしてこういわしめる境地に到達した演奏家は極めて稀である。楽器の垣根を越えて、松田晃演はその数少ない一人である。松田晃演が到達した境地とは誰も模倣ができない唯一無二の音色である。軽やかでいて神秘的。古雅でいて生まれたばかりのように清々しい。松田が愛器トーレスを弾いていると音楽の核心に住む妖精が姿を現し、時空と戯れている印象がある。
神戸在住の松田晃演(松田注=現在姫路市に住んでいます)は毎年関東圏の弟子のレッスンを兼ねて上京し東京オペラシティリサイタルホール等でコンサートを催しているが、今年の春は趣向を変えて、6月12日に三鷹市の個人運営のホール「沙羅舎」でファンとの交歓会を兼ねたミニコンサートを開催した。冒頭に紹介した、松田晃演を一度聴いておきたいという音楽ファンの「声なき声」に配慮したものと思われる。当日の演奏曲目は別記の通りである。
総演奏時間一時間程度の短いコンサートであったがJ.S,バッハの無伴奏チェロ組曲からの抜粋、ヴィラ-ロボスの前奏曲第一番など定番曲に加え、今回ハイライトに「南のソナチネ」を演奏した。M.M.ポンセはギター名曲の宝庫だが、その代表作の一つで「広場」「小さな詩」「祭り」の三楽章から成る、クラシックギターを志した者なら一度は挑戦したいギター音楽の精髄に触れる曲。この曲にもアンドレス・セゴビアの規範的名演奏があるが、セゴビアの直弟子である松田は、師同様に南イタリアの昼下りの神秘的な時間と鄙びた香気に満ちた夢幻的体験を聴衆の前に現前させた。
しかし、そればかりでない。この曲を演奏する上でのポイントであり難しさである無調に近い旋律と和声(えてしてつながらずバラバラな音楽になる)を軽やかな指捌きで無限に連続させ重層し、ポンセのギター標題音楽の中に潜む現代的な厳しい叙情空間を現出させた。1892年製造の楽器トーレスがその触媒。原曲の精神と密着した演奏者、楽器によって一曲の中に潜む「過去、現在、未来」の全てが立ち現れるのだ。音楽というものについて深く考えさせられる感動的体験を与えたこの日の一曲であった。

J.S.BACH
「前奏曲とクーラント」~無伴奏チェロ組曲第三番
F.ソル
メヌエット作品11-6とモーツァルトの主題と変奏
F.タレルガ
前奏曲第5番とパバーナ
H.ヴィラ-ロボス
前奏曲第一番
M.M.ポンセ
南のソナチネ
スペイン民謡「レオノーサ」
E.グラナドス
スペイン舞曲第10番

2010年6月12日東京都三鷹市沙羅舎舞遊空間

 

 

「松田晃演 トーレスを弾く!!」2月13日東京アイゼナハ・ホール

大橋伸太郎

    さる2月13、14日に東京神田小川町のアイゼナハ・ホールに松田晃演氏が登場、「トーレスを弾く!!」と題したコンサートが開かれた。クラシックギターの演奏界で巨匠の域にある松田氏は、ほぼ毎年東京でコンサートを開催しているが、今回は新しい試みに、比較的少数の聴衆を前にして、ミニコンサートと公開レッスンを行なった。そこでは、ギターを通して全てを語る演奏家・松田晃演氏と、ギター演奏と音楽の奥義と真髄を肉声で伝授する音楽指導者・松田晃演氏がいる。音楽愛好家なら興味をそそられる企てではないか。コンサート前半は松田氏単独の演奏で曲目は以下、演奏時間は約一時間だった。

2月13日東京アイゼナハ・ホール
曲  目
I. アルベニス   グラナダ          
L.ロンカッリ   ジーグ
         ガヴォット
F.ソル       モーツアルトの主題と変奏
F.タレルガ     パバーナ
J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第1番から
          プレリュード(ポンセ編曲)
M.M.ポンセ     ワルツ
          アレグロ・ノン・トロッポ
H.ヴィラ=ロボス 前奏曲第一番
スペイン民謡    愛のロマンス(間奏曲付)
Photo by Takasi Kotanaka
 


     アイゼナハ・ホールは、クラシックギターの名器販売で知られる「アンダンテ」の店舗ビルの3階にある小ホールで、この日は、松田氏の演奏を聴こうと詰め掛けた熱心な音楽ファン数十人が詰めかけて満員の状態である。天井高はかなり余裕があるのだが、氏が最近東京でのコンサート会場に使う東京オペラシティ・リサイタルホールに比べると遥かに小さくデッド(音を吸って響きの少ない状態)である。第一曲の「グラナダ」からこれまで親しんだ松田氏の演奏とは響きのバランスが違う。トーレスから紡ぎ出す音色は変わらず雅やかだが、響きの地肌と音色の芯が浮かび上がる。弦と指(爪)がコンタクトする多彩なタッチのバリエーションが鮮明に浮かび上がる。大きなホールでの豊かな残響を従えた奥行きの深いスケール感の豊かな演奏もいいが、こうした一音一音が誕生し演奏が綾なされていく時々刻々を間近に見つめるのも、得がたい清新な音楽体験である。現代ギターの原型として余りにも有名な楽器がトーレスだが、松田氏は完全にトーレスを掌中にしており、全十曲を楽器と一体になり各曲の芯を掘り下げ音楽の魂が息づく繊細な演奏を聞かせる。
     興味深かったのは、1892年に製作されたトーレスを操り、ポンセやヴィラ=ロボスの20世紀の楽曲から近代的な叙情と和声感覚を掬い取り掘り下げ、きらめかせることである。ポンセやヴィラ=ロボスがこうしたギターの至高の名曲を書いたのも、アンドレス・セゴビアという同時代の巨匠演奏家の存在に触発されてであった。松田晃演氏はセゴビアに直接教えを受けた直系の音楽家である。曲の佇まいが近代的に変わってもその奥底にあるギター音楽の真髄、魂を完璧に表出する演奏法を松田氏はセゴビアから受け継ぎ自家薬籠中のものにしている。松田氏の演奏によってこそ、ギター音楽の大河の中の近代曲の存在の本質が味わえるといっていいだろう。
     さて、今回非常に面白く目から鱗の落ちる体験をさせてもらった。後半の公開レッスンである。前半終了後休憩を経て、松田晃演氏の音楽に心酔し、大分県、石川県等からギターを抱えてはるばる飛行機で上京したアマチュア三氏がステージに代わる代わる登場し、日頃研鑽し仕上げてきた演奏を披露した。この日(23日)登壇したのは、

 A 氏   メヌエット(ラモー)
 B 氏   アルハンブラの思い出(タルレガ)
 C 氏   前奏曲第一番(ヴィラ=ロボス)

である。三氏共アマチュアとしては上級者だが、松田氏の演奏の後では失礼ながら音楽が平板で表情(ニュアンス)と生命感がない。それを松田氏が丁寧に指導し演奏に生気を生み出していく。ギター演奏の具体について指導しているのだが、松田氏の一言一言が結局音楽とは何か、という教えなのである。「ギターは指が直接弦に触れて音色を作る楽器だ。指のコンタクトで無限多彩な音色が生み出される。ピアノでそれが出来たら名手だが、ギターはそれが演奏者みなに開かれているのだ。固体をぶつけるような弾き方、液体をぶつけるような弾き方を演奏し別けてご覧なさい。」「自動車がカーブを曲がる時のスローイン・ファストアウトです。一つのパッセージの終わりはゆっくりテンポを落としていって、次のパッセージに入って向かう所が見えたらすっと立ち上がってスピードアップすること。」「終止形をイメージして音楽を演奏してご覧なさい。」「人間の手は会社のようなものです。一本一本の指、つまり社員というのは気を配っていないと、独りでにあらぬ方向へ行ってしまったりするものです。ちゃんと指示を出しておかないとね。」等々。私にとって何とも耳が痛かったのは、「前の日に練習したら、誰でも明くる朝はその分演奏が上達しているものです。もし、前と同じだったらそれは練習法が間違っているのです。」事実、数語の指導でアマチュア演奏家のギター演奏に音楽のふくらみが生まれる。
     音楽演奏も音楽教室も世に氾濫しているが、町の教室に、音楽を学ぶ一人一人に何が本当に必要かを的確に教え、上達の障害を取り除いてやれる師は少ない。この日、松田氏の指導を得られたアマチュア演奏家は幸せである。ステージ上の彼らの喜び溢れる笑顔にそれがくっきりと表われていた。

古田中 孝
松田 晃演先生
 子供の頃からアラビア風奇想曲は聞いていましたが,低音で半音下がる2つの音をライトモチーフといい,それを同じように弾くことで,いつも同じ気分が現れる事,同じ場所へ導いていく感じが出る事,それが曲を仕切っている事は始めて知りました,こんな風にアラビア風奇想曲を聞いたのは初めてでした.普通の演奏が芸術になった瞬間をはっきり分からせてくれたレッスンでした.

久保 茂
 今回、生まれて初めて公開レッスンを目の当たりにして、音楽のすばらしさを身体全体で受け止めることができました。とりわけ最後のレッスン者の方はとてもうまく、松田先生が何をいうのかな〜、果たしてレッスンをつける箇所はあるのだろうかと思っていましたが、いざ先生のギターを聞くとその音色、深さ、表現力に圧倒されました。比べてしまうとレッスン者の方は技巧に長けているけれど平坦で感情の表現がまだまだたりない。私は楽器は全くできず音楽も全くの素人ですから、ここはピアーノで(註1−松田)とか切るようにとかの先生の指導は分からなかったけれど、譜面に縛られず作者タレガの心に迫ろうとする先生の姿に心を打たれました。行ったことも無いスペインの風に触れるようです。
私にとって忘れることのできない1日となりました。芸術と人の可能性は無限なのだな〜と感じ入りました。ありがとうございました。(註2)
(註1)2つの音が在って、一方を強く一方を弱く(ピアーノに)すれば、それらの音に主従関係が生まれる。その同じ2つの音が、あるはっきりとした情感を示し複数箇所に現れ前回と同じ情感を聴者にイメージさせる事が出来るとすれば、それはライトモチーフと命名出来る。
(註2)この両名とも2日目のCapricho Arabeについて書いて居られる。
上の二文は東京のミニコンサートを終えて直ぐに頂いたメールメッセージです。有難うございました。

(マツダ付言)芸術作品に付いて世界で始めてある曲の一部の微細な部分に付いて解説(説明)をし、そのことが音楽に関係を持たない方にまで理解され、或る意味で感動を与える事が出来る、出来た、という事は快感であります。音楽での想いを文章化することは芸術を志すものに取っては至難の技でありますが、今回の様におこがましくも「マスタークラス」等と銘打って、公開レッスンをしたので上記の様な反応を得る事が出来、望外の喜びでありました。
   一つの反省は、わたし自身が当日に演奏した曲を用いて音楽がどのように演奏において構成されているか、表現に奉仕するべく利用されているかをお話しするべきであったということです。
   言葉ではなく音を使ってお話が出来るチャンスを逃したなと思っています。でも一応出席された方は或る満足を得て頂いた事を知って本当に嬉しく思います。

いつの間にか2010の年に成ってしまいました。楽しいお正月を過ごされた事でしょう。
   「Y君に」と題して書いた文章です。Y君はわたしの古くからの弟子です。年頭に当たってこんな事を表白してみました。

第41回 「Y君に」(2010)

   クラシックギターの世界には優秀な、図抜けた存在が1人、アンドレス・セゴビアしか居なくて、セゴビア先生の目指されたものを理解して発展させよう、と言う若者が全然いない様に僕には見えます。アインシュタインの様な人を、しっかりと追っかけて行ける人が無数に居る物理学等の世界とそこが違うのですが、ギター音楽の行き着くべき先を見通してセゴビア先生のされた事を系統的に、理論的に、論理的に(少し修正を加えながら)発展させて欲しいものです。ギターがクラシック音楽を表現するべくどう優れているかを、スペインの低俗な民族楽器が如何にしてバッハやベートーベン達の高貴で崇高な精神世界、そして世に優れた詩人の描かんとした情感を的確に表現出来る楽器に進化して行ったかを系統立て、説得出来ないと不可ない、説得すべきであり、説得出来ると信じて(感じて)しかも焦っています。僕の様な実践家、実践演奏家がその論理に筋を立てて、よしんば理論付けに成功したとしたら、今度は僕自身の演奏がその域に達しられるかどうか、まず不可能だろうと思います。
   その意味で、実践家として精進して行くしか無いと思っています。実践家として完成させるのが僕の第一目標であるべきです。
       (Y君がどのような手紙をわたしに書いて来たかは賢明な諸兄の想像にお任せ致します。)

 

わたしの言いたい事はこのホームページのこれまでの文章、そしてその前に出版したエッセイ集、「ギターは小さな星のオーケストラ」等で殆ど言い尽くしていると思っています。わたしの文章は独断と偏見に満ちているかも知れませんが、練習したあとの時間つぶしをしているのだと思って見て下さい。そしてわたしにメールメッセージを出して励ましと刺激を与えて下さい。
投稿

1)THE KING OF GUITAR MUSIC ART
2)時空を超えて、アンダルシアの空の下へ“セビーリア”
ギターは小さな星のオーケストラ

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翌朝こんなメールメッセージを頂きました。有難うございました。
8月19日(水)
“セビーリア”の感想は、褒めすぎではありません。聴いたときの直感で書かせていただきました。本当に、アンダルシアの喧騒が聞こえてきたのです。それも、一瞬のうちにですよ。音楽的に云々は分かりませんが・・・。情景が一瞬のうちに浮かぶ音楽なんて・・・めったにありません。

ギターは小さな星のオーケストラ

中森良二さんから、こんなメッセージをメールで頂きました。
中森良二さんは最近になって「ギターは小さな星のオーケストラ」を購入されました。
その読後感をファンの方々にも読んで頂きたくてここに載せさせて頂きます。

 仕事の関係で、毎日、帰宅するのは夜の11時ごろです。最寄りの駅から自宅まで夜空を眺めて帰ります。四季折々の星座が、目を楽しませてくれます。不思議と子どものときから星座を見るのが大好きでした。よく兄と二人、星座のあてっこをして楽しんだものです。

 面白いところは、何度も読み返し、ようやく、先生のエッセイ「ギターは小さな星のオーケストラ」を読み終えました。そして、楽しみが終わってしまった憂いをほんの少し感じているところです。寝付かれない夜、そっと起きだし読みました。いっぺんに読んでしまうともったいないので、タイトルごとに3回は読むと決めました。ギターを始められたきっかけ、留学時代、練習方法について、セゴビア先生との語らい、そして、先生のギターへの思いを綴った「ギターは小さな星のオーケストラ」など興味深い内容(エッセー)がいっぱいあって・・・そして、どの行間からも先生のお人柄がにじみ出て本当に楽しく読ませていただきました。

 「そうだったのか?」先生の奏でるギター音楽はオーケストラだったのか!と分かりました。だから色々な音が宝石のようにちりばめられていて、人の心を和ませるのですね。このフレーズはバイオリン、ここはフルート、そして、ここはトランペットと言うように・・・そして、オーケストラに見立てた、その楽器(ギター)を通して、人生の喜び・哀しみ・怒り・大自然の情景やエネルギー・さらに大宇宙への畏敬(特にバッハで強く感じます)を表現していることが分かりました。結果として、他のギタリストからは聴かれない「音楽そのもの」を感じます。音楽とは、最も古いコミュニケーション手段であり、感情や情景を、美しく、逞しく伝えるもの。だから、先生の音楽は、聴くものすべてに、感動を与え、生きる元気や安らぎ(癒し)を与えてくれると感じます。先生が「癒し系・励まし系」ギタリストと言われる所以がここにあったのかと感じました。

 「作曲家が作曲する曲は、ピアノで弾かれるスケッチに過ぎない、そのスケッチをオーケストラに作り変えてゆくのが演奏家の役目である。」セゴビア先生の含蓄ある言葉ですね。本当に目からうろこが落ちました。先生の目指しているところがはっきりと分かりました。80年代ごろ主流を占めていた「楽譜に忠実に」はいかに的外れなものか・・・。

 やはり、ギターは小さな星のオーケストラですね・・・。

2009年8月7日(木)中森良二

スペインの詩人が「ギターは小さな星のオーケストラ」と言った時、「ギターは小さな星のオーケストラである、但し地球よりももっと小さな星のそして、もっと繊細な人々の住む星のオーケストラである」と言っています。 註―松田晃演

時空を超えて、アンダルシアの空の下へ“セビーリア”
中森良二さんから再度頂いたメールメッセージです。(褒め過ぎ、褒められ過ぎ??)
2009/8/18


   灼熱の大地、やせた土地、そこに這い蹲るように広がるブドウ畑、アルマセニスタにより代々管理されてきた貴重なアモンティリャードのデボガ。毎年、少量だけ瓶詰めされ市場に出回ります。減った分は、ソレラシステムにより古い樽から順に補充されます。ゆえに品質は年々熟成されて素晴らしさが増してゆくのです。札幌駅の近くにある東急デパートの洋酒売り場で「エミリオ・ルスタウ アルマセニスタ アモンティリャード」を見つけました。一口含んだ瞬間、行ったことのないはずの、アンダルシアの乾いた空気を感じました。

   スピーカーから流れてきた、先生の演奏する“セビーリア”は、最初のoneフレーズで、あっさりと、私の部屋をアンダルシアの乾燥した空の下、乾いた黄色い地面(スペインは行ったことがないので的外れかも知れませんが・・・。)の上に、ワープさせてくれました。空気も肌に突き刺さり、その土地から聞こえる様々な喧騒さえもスピーカーからはじき出されてきました。これほど、情景を鮮明に、そして見事に、創造させてくれる音楽はかつて聴いたことがありません。最初に聴いた“セビーリア”は、ジョン・ウイリアムス氏の若いときの演奏でした。そのときの感動は今でも忘れません。それ以来、ジョン・ウイリアムス氏の「セビーリア」が私の心に住み着いてしまったようです。色々なギタリストの「それ」を聴いても大して感銘は受けませんでした。(ただしセゴビア先生の「それ」は残念ながら聴いていません)今回の先生の“セビーリア”は、今まで抱いていた概念を根底から覆すほど私の耳にショックと驚きを与えてくれました。普通、すべての楽曲は、音楽(楽器の音)を通じてのみ、その表現したい情景や感情の模倣をリスナーに伝えてくれます。しかし、これほどダイレクトに、スペイン(アンダルシア)を表現したものはかつてあったでしょうか。空気の色彩・人々の語らいや営み・乾いた空気の温度感・大聖堂(カテドラル)の輝き・ドライなシェリー酒などなど・・・。すべての音が情景を鮮明に描写し・・・あるもの(音)は大聖堂のステンドグラスにぶつかり花火のように砕け散り、また、あるものは熟成したアモンティリャードのグラスを通り抜け七色の光に変化し、あるものは太陽に立ち向かい、撃退された光は地面に突き刺さり、それが“セビーリア”だよと伝えてくれているようです。

   私が思うには、先生の奏でる音楽は、一度、先生の頭の中で熟成され、機を見て聴衆の前やCDとなって世に出てきます。そして、少し減った分のアイデアは、ソレラシステムと同じように補充され、また、ある期間熟成され、今までより素晴らしい音楽として身を結ぶのですね。(またしても、生意気なことを書いてしまい申し訳ありません。私は、音楽評論家ではありませんので、この音はどうのこうの・・・と、言うことは出来ません。すべてCDを聴いた直感で書かせていただいています)

2009・8・18(火)中森 良二

わたしのホームページの愛読者の諸兄。
わたしのCDについて次の様なファンレターを頂きました。ギター音楽が衰退寸前であるとの認識をお持ちの、ギター音楽を真に愛する方のお考えでメールメッセージを頂いたものですので、この文章をわたしのホームページに掲載させて頂きます。
わたしは心在る方々に暖かく守られて、世間のことは考えず、雑念を持たずにギター音楽演奏の完成を目指して生きて来ましたが、今回は素晴らしい刺激を与えて頂きました。

2009/7/20松田晃演

投稿

謹啓
初めてお便りさせていただきます。
ギター暦はかれこれ45年くらい。(下手の横好きですね・・・。)今年からインターネットを多少いじるようになり、このホームページを見つけました。早速、サウンドオブザギター2を購入させていただき、毎日、出勤前と自宅に帰ってきてから、聞いております。本当に、安らぎますね。「ギターってこんなに美しく響くものなのか!」と再発見しています。特に、グラナダは、「松田二朗バッハを弾く」で聴いた感動が蘇ってきました。先生の演奏をレコードで聴いたのは、片面に「日本の歌」もう片面に「禁じられた遊びやアルハンブラの思い出」などの名曲が入ったオムニバス盤でした。ステレオから流れてくるギター音楽に、ギターを感じさせない「音楽」を感じ取ることができました。魔笛やアルハンブラでは背中に鳥肌が立つ衝撃を受けました。以来、先生の大ファンです。レコードは、木村功さんと共演している「プラテーロと私」は、何度も、それこそ盤が磨り減るほど聴きました。そして、バッハ・・・。こんなに優しいバッハを聴いたのは、初めてでした。また、ビゼーの組曲は「野をわたる春風」といった爽やかさを感じさせました。それから、色々なギタリストのレコードやCDを聴きましたが、特に最近は、強靭なテクニックで難曲を弾きまくる、といった感じで、確かに凄さは感じますが、音楽としては「?」がついてしまいますよね。音楽って、人間の生き方に勇気を与え、夢を与えるものだと思います。サブプライムなど金が金を生む、殺伐とした時勢の中、音楽こそ真実と考えております。先生の音楽に「ギターって、音楽って、こんなに素敵なものなんだよ!聴いてごらん・・・弾いてごらん・・・。」といったメッセージを受け取っています。私も、魔笛はぜんぜんだめですが、アルハンブラは、最近ようやく弾けるようになりました。音楽って本当に素敵ですね。何の脈絡も無いことをとりとめもなく書いてしまいましたが。ご容赦下さい。先生にぜひお願いしたいことがありますが「プラテーロと私」はCDになりませんか・・・?
最後になりましたが、お身体に気をつけて一日でも長くギターを弾き続けてください。

謹白
2009・6・9 中 森 良 二

THE KING OF GUITAR MUSIC ART

 僭越ながら、CDの感想を書かせていただきました。
昨日(7月5日)、久しぶりの休日でしたので、妻と次男と一緒に、車を走らせ、郊外の山までドライブしてきました。朝から、車(スバルのフォレスター)をぴかぴかに洗車し、爽やかな初夏の山から見る町は格別でした。先生なら知っていると思われますが、ツバメに良く似ていてツバメよりかなり大きい鳥が、山の頂上付近を、すばしっこく飛び回っていました。12時ごろ帰宅して、車を磨いていた私に、妻が「待ちに待ったものが届いているわよ!」と先生のCDの入った郵便物を持ってきました。このCDは私の宝物となります。
 アンプのボリュームをかなり大きく設定しました。長年愛用のジムラン(20代前半に買いました)から流れてきたバッハのプレリュード(第3番)に声を失ってしまいました。最初に聞いた先生のバッハから数十年、透明感と詩情あふれるバッハが更に深みと奥行きが加わったように思います。地響きのように響く深く迫力のある低音、水晶のような透明な中音、それから、天へと突き抜ける高音・・・。一つ一つの音が、まるで音楽を奏でる役割を背負いながら、音の魂となって有機的に結びつき、時たま、ダイヤモンドの輝きにも似たきらめきを加えながら、大きな音楽という芸術を完成させているようです。先生のギターで奏でられるバッハは、ガウディの未完の大聖堂「サクラ・ダ・ファミリア(確かこのように記憶しています)」を連想します。今回のCDで、ついに先生のバッハは神の領域に到達したと感じました。(若輩者の私が、生意気なことをかいて申し訳ありません)
「バッハはアルアイレで音の統一・・云々」「音の粒がそろっていなければ気持ち悪い・・云々」・・・。「セゴビアの奏法は・・云々」・・・。バルエコ、デイビッド・ラッセル、木○○などの無機的な音の羅列がギターの主流になって来た時、ギター音楽の鑑賞をやめました。某ギター雑誌も「現代のギター奏法・・・?」をとり上げ、音楽不在の曲芸奏法を推奨しました。それを「是」とするならば、セゴビア先生が命をかけて作り上げたギター芸術はいったい何だったのでしょうか?彼らは、はたして、本当の音楽を、そして、本物のギターの音を知っているのでしょうか。今回の先生のCDを聴いて改めてそう感じました。大袈裟ではなく、先生の奏でるギターは、ギターの王道、まさに「THE  KING  OF GUITAR MUSIC  ART」と言えると思います。
すべての、曲について、感想を書きたいのですが、バッハだけで胸が一杯になってしまいました。また、書かせていただきます。音楽を聴いて涙腺が緩んだことが2度あります。一度目は「アルバート アイラー」のラストレコーディングでした。そして、今回のCDで二度目です。今日も朝から2度もCDを聴いてきました。元気に頑張れます。

2009・7・6 中 森 良 二

 

音楽の素晴らしさを、再び伝えていただきました〜心より感謝いたします・・・。

アーティストの名前を出して批判するのは、本意ではありませんが。先生への思いと言うことであえて書かせていただきます。1980年代ころから、バルエコを中心としてギター界に登場してきたギタリストと称する人たち・・・。世の中は、まさに「右ならえ」的に彼らを受け入れました。私も最初は彼らのレコードやCDを購入して聴いておりました。最初は、難しいフレーズをあっさりと弾ききることに凄さを感じていました。しかし、2度、3度と聴くうちに、自然と私のスピーカーから流れなくなってきました。なぜか・・・?と考えるに「感心」はするけれど「感動」はしない。というところに行き着きました。音楽とは、人に感動を与え、明日から「頑張る」ことが出来る勇気を与えてくれるものと信じています。そして、そのことが聴くものの人生をより豊かにしてくれるものではないでしょうか。彼らの音楽には、全くとは言いませんが、それがないと感じました。

 彼らのギターに飽き飽きした私は、青春時代に聴きかじったジャズを聴くようになって行きました。20世紀に誕生したジャズも然り50年代・60年代・70年代で終焉を迎えております。ジャズのレコードは歴史的価値から名盤はいつでも入手でき気軽に聴くことができました。50年代・60年代のジャズにはノスタルジーを感じます。しかし、ギター音楽への思いは断ちがたく、巷で評判のCDを購入してはみましたが、買うたびに失望を味わいました。先生のレコード(バッハを弾く)は、20年ほど前、友人に聴かせたところ「これは凄い!」と持っていかれてしまい、プラテーロは、田舎を出るとき、ある女性にプレゼント、ホームコンサートも然り・・・です。手元には一枚も先生の音源はありませんでした。何度もCDショップへ行って、先生のCDを探したことでしょう。そのたびに、「どうしてないのだ・・・?」・・・となりました。
今年に入り、遂に、「サウンド・オブ・ザ・ギター2」とめぐり合いました。「本当に、これが聴きたかったのだ・・・!」という音楽がスピーカーから流れてきました。“バッハを弾く”も素晴らしい音楽でしたが、このCDでは、歳月の重みをどっしりと蓄え、円熟と言うより進化した先生の音楽に「両肩が脱臼する・・・?」くらい感動を覚えました。僭越ながら、先生の音楽(ギター)からは、あらゆる音が飛び出してきます。輝かしくキラキラと宝石のように輝いて光る音・重く深く迫力満点の音・天高く突き抜けるように舞い上がる音・・・などなど。それが渾然一体になって聴くものの心に直接、語りかけてくるようです。時には優しく・時には激しく・・・!最近の自称ギタリストからは久しく聴けなかった音楽でした。
音楽を愛する私に、ギター音楽の素晴らしさを再び伝えてくださり、心から感謝いたします。

2009・7・16 中 森 良 二


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今後の予定

 アンドレス・セゴビアに認められ、初めてヨーロッパに行った事。最初のヨーロッパの地イタリアでの夏季講習会。歴史の古いイタリアの町シエナのキジ伯爵のお城でのセゴビア先生のレッスン風景、そこではピアニスト、コルトーや指揮者のチェリビダッケ、そしてカサルスにその弟子カサド、スペインのハーピスト、ザバレタ達もレッスンをしておられた。セゴビア先生の教室に、アメリカ大統領候補のスティーヴンソン氏が表敬訪問に来られた時、「Japan!」と指名されて私は1人目の生徒代表として演奏した事など。
 カサド先生のお宅はフィレンツェ市内の古い塔の中に在り、そこにはチェロの名器がごろごろしていたこと、またバッハの自筆の楽譜が額に入れカーテンとかけて飾ってあった事等。
 その夏季講習会で出会った16才のドイツ人が私の弟子になりロンドン(後で私の留学地になった)に家族全員で来た事。彼の父はドイツの演劇の演出家でリチャード・ウィドマーク主演の映画にも出演していたチャールス・レニエ氏で、彼の母はかの有名なヴェデキントの娘であった事、彼等の友人にあの有名な映画『赤い靴』主演男優であるアントン・ウォールブルック氏が居てその家に招待され、私はギターを弾いたり、ご飯を炊くところをぜひ見たいと言う事でデモンストレーションをしてあげたりした事等。
  ロンドンでのアルバイトの一つとして、写真のモデルを頼まれ、外国に住む東洋人としてBOACのタイムスのモデルになったこと。
 スペインでのコンクールでオスカー・ギリアと3位入賞を分け合った時の事。
 その後アメリカ演奏旅行に招待され、大西洋をサクソニア号(2万トンの英国客船)で渡った時のこと等、その船中でアメリカの有人宇宙飛行が始めて成功し船中でそのニュースを知った事、ニューヨークにつくと自由の女神が最初に見えて感激した事等。
 ニューヨークのカーネギーホールでの演奏会、ロンドンのウィグモアホールでの演奏等々思い出深い事柄もいっぱいあります。
 朗読とギター・ソロのための名作「プラテロと私」(これはノーベル文学賞を受賞したホアン・ラモン・ヒメネスの散文詩でプラテロと言う名のロバに作者が語り掛けると言う形式のお話で、その一部の章にテデスコがギターの音楽を付けた作品)の公演で競演していただいた多くの俳優さん、女優さん達、例えば岸田今日子さん、木村功さん(コロムビアでレコードになっている)、など、また影絵の藤城真悟さんと朗読は八千草薫さんでの公演、ロンドンではハンガリーの俳優との競演も思い出深い事柄です。
 アメリカ演奏旅行の徒次、ロスアンジェルスのビバリーヒルズのテデスコ先生のお宅でセゴビア先生がコンサートの後のパーティーに来ておられる事を知って、テデスコ氏宅を尋ねるとヴァイオリンのハイフェッツ氏がそこに居られた事等。
 その他、セゴビア先生が晩年に来日公演された時には滞在中殆ど一日おきにレッスンをして下さった事。その時セゴヴィア先生の愛息、カルロス君が柔道を是非とも講道館で習いたいと言い出してつれて行き、そこで彼は足を挫いてしまった。ホテルに帰ってその事をセゴヴィア先生に報告する事の辛かった事。
 これからギターを勉強したいと思っている方には、クラシック音楽は知的好奇心を持った方に大きな楽しみを与えてくれると思いますので、なにかお役に立つようなことがお話出来ればと考えています。