エッセイ集のバックナンバー
ファイルno.1
(2005/4/6〜2006/7/4)

目次

今後の予定
第4回La Guitarraラ・ギターラ(2005/4/6更新)
第5回私の先生-1(2005/5/8更新)
第6回 高齢化社会への一提言(副題-私の先生-2、第5回ー私の先生-1への補足)(2006/5/12掲載)
第8回わたしの弟子とその弟子(2006/7/4掲載ー2009/5/12加筆)


今後の予定

 アンドレス・セゴビアに認められ、初めてヨーロッパに行った事。最初のヨーロッパの地イタリアでの夏季講習会。歴史の古いイタリアの町シエナのキジ伯爵のお城でのセゴビア先生のレッスン風景、そこではピアニスト、コルトーや指揮者のチェリビダッケ、そしてカサルスにその弟子カサド、スペインのハーピスト、ザバレタ達もレッスンをしておられた。セゴビア先生の教室に、アメリカ大統領候補のスティーヴンソン氏が表敬訪問に来られた時、「Japan!」と指名されて私は1人目の生徒代表として演奏した事など。
 カサド先生のお宅はフィレンツェ市内の古い塔の中に在り、そこにはチェロの名器がごろごろしていたこと、またバッハの自筆の楽譜が額に入れカーテンとかけて飾ってあった事等。
 その夏季講習会で出会った16才のドイツ人が私の弟子になりロンドン(後で私の留学地になった)に家族全員で来た事。彼の父はドイツの演劇の演出家でリチャード・ウィドマーク主演の映画にも出演していたチャールス・レニエ氏で、彼の母はかの有名なヴェデキントの娘であった事、彼等の友人にあの有名な映画『赤い靴』主演男優であるアントン・ウォールブルック氏が居てその家に招待され、私はギターを弾いたり、ご飯を炊くところをぜひ見たいと言う事でデモンストレーションをしてあげたりした事等。
  ロンドンでのアルバイトの一つとして、写真のモデルを頼まれ、外国に住む東洋人としてBOACのタイムスのモデルになったこと。
 スペインでのコンクールでオスカー・ギリアと3位入賞を分け合った時の事。
 その後アメリカ演奏旅行に招待され、大西洋をサクソニア号(2万トンの英国客船)で渡った時のこと等、その船中でアメリカの有人宇宙飛行が始めて成功し船中でそのニュースを知った事、ニューヨークにつくと自由の女神が最初に見えて感激した事等。
 ニューヨークのカーネギーホールでの演奏会、ロンドンのウィグモアホールでの演奏等々思い出深い事柄もいっぱいあります。
 朗読とギター・ソロのための名作「プラテロと私」(これはノーベル文学賞を受賞したホアン・ラモン・ヒメネスの散文詩でプラテロと言う名のロバに作者が語り掛けると言う形式のお話で、その一部の章にテデスコがギターの音楽を付けた作品)の公演で競演していただいた多くの俳優さん、女優さん達、例えば岸田今日子さん、木村功さん(コロムビアでレコードになっている)、など、また影絵の藤城真悟さんと朗読は八千草薫さんでの公演、ロンドンではハンガリーの俳優との競演も思い出深い事柄です。
 アメリカ演奏旅行の徒次、ロスアンジェルスのビバリーヒルズのテデスコ先生のお宅でセゴビア先生がコンサートの後のパーティーに来ておられる事を知って、テデスコ氏宅を尋ねるとヴァイオリンのハイフェッツ氏がそこに居られた事等。
 その他、セゴビア先生が晩年に来日公演された時には滞在中殆ど一日おきにレッスンをして下さった事。その時セゴヴィア先生の愛息、カルロス君が柔道を是非とも講道館で習いたいと言い出してつれて行き、そこで彼は足を挫いてしまった。ホテルに帰ってその事をセゴヴィア先生に報告する事の辛かった事。
 これからギターを勉強したいと思っている方には、クラシック音楽は知的好奇心を持った方に大きな楽しみを与えてくれると思いますので、なにかお役に立つようなことがお話出来ればと考えています。